名古屋市長 広沢一郎 殿
名古屋市は令和8年2月11日に、中村区役所講堂において、名古屋城天守木造復元事業についての市民説明会を2年8ヶ月ぶりに開催した。(以下、「名古屋城天守閣整備事業」と「名古屋城天守木造復元事業」との語が混在するが、名古屋市と当会における歴史観、文化観、および価値観の相違による相違であり、同一の事業を指す)
名古屋市はこれに先立つ令和7年5月に、「名古屋城天守閣整備事業の進め方に係る総括について」との文書(以下「総括文書」)を示し、「今後の事業の進め方を示し、適宜見直しを図りながら、本事業を適切かつ着実に進めていく」とし、今次市民説明会においても総括文書を軸に説明がなされたものと理解する。
しかし、総括文書並びに、今次市民説明会における名古屋城天守木造復元事業についての名古屋市の説明中、後に述べるようないくつかの欠落があり、さらにそうした欠落について質問を述べ疑問を晴らそうとする市民に対し、その質問機会を設けず、そうした問題、欠落は無いものであるかのように装い、または隠蔽しようとする態度は市民として到底看過できない。
当総括文書の中で名古屋市は「事業を進める上での基本的な方針」として「(4)市民等への丁寧な説明と理解促進・機運熟成」をあげ「市民等への丁寧かつ十分な情報提供に努め、分かりやすく伝えていくための情報発信の方法を検討し、実施することで、本事業に対する理解を促進し、機運が高められるように取り組む」としている。
しかしこの文言、並びに当総括文書全体を閲するに、名古屋市は名古屋城天守木造復元事業について、自身は十分理解をしており、一方、市民においてはそれらについて理解が不足しているというような認識に立っているのではないか?
しかし当会が諒解するところでは、名古屋城天守木造復元事業の問題について、本当に理解が足らないのは名古屋市の側であって、市民からの指摘事項に応えることこそが、こうした誤認、欠落を埋める為に必要な知見なのではないのか。名古屋市はそうした知見を得る機会を逸しており、当総括文書では名古屋市と名古屋市民の間における健全な意見交換によって、名古屋市の見落としを補完し、事業を健全に進めるという民主的な行政運営という視点が欠けていると指摘できよう。
我々「名古屋城天守の有形文化財登録を求める会」は名古屋城天守木造復元事業を進める名古屋市の価値観とは異なり、天守閣を木造に作り変えるよりも、現存する名古屋城天守を「有形文化財」として登録することの方が、歴史的にも文化的にも価値が高いものと認識している。そういった価値観の相違はさておいても、名古屋市民として、名古屋市が適正な行政をすすめられるよう求める。
名古屋市における認識の欠落を是正し、そうした欠落を内包したまま、「理解していないのは市民である」などとする傲慢な態度を改めていただくよう抗議の意を表するものである。
2.指摘事項
以下、論拠となる名古屋市における欠落を具体的に述べる。
これから述べる事項は、紙幅の都合上それら欠落の中の一部であり、我々が認識している問題の一部でしかない。また、我々ですら認識していない問題があるかもしれない。しかし、実際に事業を進める名古屋市においては、こうした問題は放置し得ないものであり、早急な改善が必要であると考える。
名古屋市は平成27年12月に「名古屋城天守閣整備事業にかかる技術提案・交渉方式(設計交渉・施工タイプ)による公募プロポーザル」「業務要求水準書」を作成している(以下「要求水準書」)。
この要求水準書は「名古屋城天守閣整備事業業務要求水準書は、名古屋城天守閣整備事業の適正かつ確実な実施を図ることを目的として、受注者が本事業を実施するに当たり、満たすべき水準その他の事項を定めるものである」(第1章 総則 「第1節 業務要求水準書の目的」より)とされた、名古屋城天守木造復元事業を進めるにあたり、名古屋市自身が「満たすべき水準その他の事項」を明示したものである。
今次市民説明会において、特に取り上げられているバリアフリー問題についても、「第3章 施設整備」の「第2節 主な設計条件」の「(7)バリアフリー化」として「バリアフリーに配慮したものであること」とされ、続く「第3節 施設計画」において「1.建築性能」の「(5)ユニバーサルデザイン(配慮する項目については史実に忠実な木造復元と両立した計画とする)」として事細かに内容が謳われている。
この要求水準書は名古屋市が事業者に求めたものではあるが、元より名古屋市において自身が策定した要求水準の内容は遵守すべきものであり、ここに挙げられているような事項を名古屋市自身が慎重に尊重していたのであれば、それを無視して「エレベーターは設置しない」などというような発言は起こりようがなく、今般の問題も起きなかったものと指摘する。
名古屋市は総括文書の中で「今後の事業の進め方を示し、適宜見直しを図りながら、本事業を適切かつ着実に進めていく」などとしてはいるが、その「事業(名古屋城天守閣整備事業)」とは、そもそも何であるのか、それを見失っているのではないのか?
名古屋市は「名古屋城天守閣整備事業とは何か」を見失っている。
自分たちの進むべきゴールを見失ったまま、遮二無二、目先に現れた問題に抗い、そこで一時逃れの弥縫策を行い、その弥縫策が孕む矛盾に却って絡め捕られ、遂にはこの論理破綻が説明不能となり、その結果が2年8ヶ月にわたる市民説明会からの逃避であり、今次市民説明会において市民からの質問に満足に回答できなかった姿なのではないのか。
今般のバリアフリー問題についても、要求水準書には「車いすの利用が想定される階にはエレベータ等の設置を検討し、アクセスが容易となる環境を目指す」(上記「(5)ユニバーサルデザイン」より)と自ら定めたのであり、議論の余地なく「アクセスが容易となる環境を目指す」だけである。
民主的な議論を経て制定された手続きには、それに従うことが民主的な行政の在り方である。
その他にも要求水準書には「第3章 第3節の1(4)防災・避難計画」において「多層階の木造建築物で不特定多数の人が利用する施設となることを念頭に利用者の安全性を確保するため、火災発生時における、炎、煙、避難に対する様々な安全性の検討を行い、火災の拡大防止と共に利用者を安全に施設外へ避難できる計画とすること」と明記されている。特に「火災発生時における(略)様々な安全性の検討」が求められているのであり、名古屋市からこうした要求水準書に準じた「防災・避難計画」が示されているとはいえない。
バリアフリーについて要求水準書が求める事項を反故にして恣意的運用に陥った結果が現在の遅滞なのであれば、次にはこの「防災・避難計画」に対するネグレクトが本事業を遅滞させるのだろうか。
また要求水準書には「建築基準法第3条第1項第四号による認定を条件とする」(第3章 施設整備 第2節 主な設計条件 ⑤建築基準法)とされているが、建築基準法第3条の「適用除外」を得るには「建築審査会の同意を得て」と立法されている。
要求水準書が策定されてから今次市民説明会の開催まで10年の歳月が流れているにも拘らず、名古屋市の住宅都市局建築指導部建築指導課にある筈の「建築審査会の同意」どころか、見解についても公開されたことはない。そもそも市民説明会に名古屋市の住宅都市局からの説明がなされたこともない。これは「総括文書」における基本的な方針で求めている「(1)市内部の共通認識と円滑なコミュニケーション」とはかけ離れた姿だろう。
当総括文書では「3 今後の事業の流れ」の「(2)天守閣整備事業の今後想定する流れ」と題した図が示されているが、この図には具体的な時期が記載されていない。
つまり名古屋市として「今後の事業の流れ」について具体的な見通しが立てられていないということで、そこで二つ問題がある。
その一は「木材製材費」の問題で、名古屋市は木造化天守に資する木材をすでに購入しており平成31年の木材購入から令和7年4月15日までの木材製材費として42億3739万3千5百円を支出している。この木材製材費、事実上の木材保管料は1年で約1億円が必要とされ、本件事業が停滞すればその費用は何も生み出すことなく浪費されていく。そもそも木材購入における議会からの付帯決議を無視して購入したことも問題ではあるが、それをおくにしても、理由もなく年に約1憶円という巨費が失われていくことについて市民に説明する必要があるだろう。
付言すれば、これら木材製材費は予算編成時に「市長査定で対応を検討」とされ、財政部局査定やその後に行われる市民意見の募集からも除外されている事も問題である。
二つは令和7年11月22日の読売新聞に掲載された広沢一郎名古屋市長へのインタビューで示された「もう一回見積もり直さないといけない」との発言である。
そもそも現在の事業費505億円についても、名古屋城の入場料収入で賄うとしているが、その収支計画も50年以上320万人の入場を期待するというおよそ現実的とは言えない計画で、それすらも有識者会議等からの安全の為の入場者制限を考慮すればもはや破綻している。
ここで総事業費について「もう一回見積もり直」すとすれば、独立採算という前提が覆ることとなり、名古屋市民に負担を求めるのであれば、その説明と、名古屋市民の民意を聴取しなければならないのではないのだろうか。
昨年の11月に市長から上記のような発言が公に為されたにも拘らず、本年2月11日に行われた今次市民説明会において、その発言について説明が為されていない。、これも総括文書にいう「基本的な方針」に合致しているのだろうか。
そして最後に総括文書の「(2)天守閣整備事業の今後想定する流れ」と題した図についての問題を指摘したい。上でも述べたように本件事業は建築基準法第三条の「適用除外」を受けることが大前提となっている。そして文化庁は復元検討委員会に整備基本計画を受領する前に、事業主体にこうした法的条件の完了を求めているとされる。文化庁復元検討委員会では建築の法的適合性を判断することはできず、復元検討会が検討を行った後に法的問題が判明し、検討結果が無駄になるような事態は、行政の無駄であり、避けなければならない。当然の措置であると考えられるが。今般名古屋市が作成した「天守閣整備事業の今後想定する流れ」の中に建築審査会のステップが盛り込まれていない。そもそも「復元計画」の中の「構造計画」や「防災・避難」については、建築審査会の審査が必要であろうと思われるが、それら計画内容について名古屋市は開示を行っていない。情報開示を求めても黒塗りの紙が提示されるだけだ。こうした在り方も当総括文書の「基本的な方針」に合致しているとは言い難い。
他にも木造による高層建築の耐震性をどのように評価したのかという問題や、現天守解体後に行われる穴倉石垣、天守台石垣の詳細調査の後、それら石垣の耐震判断をどのように現行法に合致させるのかといった問題。上記収支計画における来場者推計と、その際の根拠として挙げられた国立社会保障・人口問題研究所の「日本の将来推計人口」のデータが合致していない問題。いわゆる2万人アンケートにおける記載とアンケートとしての信ぴょう性。平成30年6月に発生した、保存活用計画策定時のパブリックコメントの隠ぺい問題等、紙幅の都合上記載できないが、こうした様々な議論から逃れてみても、木造天守を建築するのであれば、名古屋市はいつかは現実と向き合わなければならない。
3.提案
以上述べてきたように、今次市民説明会は単に名古屋市の把握する事柄を、名古屋市の主観的解釈として開示したまでであって、巨額の予算負担の上で進められる行政事業としてはあまりにも無責任な「説明会」であったと指摘できる。
そこで、より広い衆知を得るためにも、市民説明会の在り方自体を、市民も参加した形で協議し、開かれた市民説明会の開催のための協議会の設置を提案する。
当会は令和5年12月16日に市政資料館集会場において「市政出前トーク」制度を利用して当会主催の名古屋城市民説明会を開催した実績がある。
この際には「市政出前トーク」制度の枠内で名古屋市に対して質問を行うことや、意見を陳情することは行われず、名古屋市と当会の価値観の相違はあるものの節度のある運営が為されたものと考える。
民主的な行政運営を行う上でも、総括文書の「基本的な方針」に沿うためにも、名古屋市当局外の、意見に耳を傾けることは意義あることと思料するものである。